これまでラッキーイメージで分解能を出そうと、露光時間を300秒と10秒で比較してきました。確かに星像を見ると、ほんの少し良くなってはいますが、30分の1の露光時間にしては、改善度合いがあまりに小さすぎる気がします。
なぜこれほど改善度が小さいのか、少し考えて見たいと思います。
ラッキーイメージのような短時間露光でシンチレーションの影響を除きたいが、どれくらいの露光時間にすれば十分な効果があるのかを見積もる。
最初に簡単化のためにある仮定を置きます。
仮定: 恒星を見た時に、光学性能で決まるような最小の径が動くことで最大径になるとする。
言い換えると、下の図の左のような最小径自身が、シンチレーションの速い成分で右のように歪んで大きくなるようなことはないとする。
星像の線をぼやかして描いてあるのは、星像自身が正規分布に従うような輝度分布を持っているからです。
この仮定をもとに、以下のように考えました。
言葉だとわかりにくいので、図とともにもう少しわかりやすく書き下します。
恒星は時間とともに、水平方向及び垂直方向には以下のように動きます。
典型的な周期に対して、長いか短いかが効いてきて、この周期より短い時間で露光することにより劇的に径が小さくなる。光学性能で決まるような最小径以下になることはない。
以上のようなモデルを考えると、そこそこ定式化できるのではないかと思ったわけです。
さてここで考えやすい径としてFWHMを考えます。FWHMとは、Full Width Half Maximumの略で、例えば横軸を水平方向、縦軸を輝度として恒星を見てみると、輝度が最大値の半分の幅という意味です。その幅をその恒星の水平の径と定義します。垂直の径も同様に定義できます。
星の径は、鏡筒の光学性能や、シンチレーションで決まります。大事なことは撮影した1枚の画像の中に写っているたくさんの星は、原理的には明るい星でも暗い星でもFWHMは同じということです。明るい星は見かけの径が大きく、暗い星は見かけの径が小さいですが、その明るさと見かけの径の比はいつも同じなので、FWHMは同じ条件で写して1枚の画像の中ではどの星でも全て同じということです。
露光時間を変えて撮影した場合に、FWHMがどう変わるかを考えます。上で考えたように、
これらの結果をライブスタックを使ったラッキーイメージに適用すると
ただし注意ですが、最初に恒星像自身はシンチレーションで歪まないと仮定したので、実際にはここで考えているような最小径まではいかないはずです。また、最大径も恒星像の歪みの影響は当然受けるので、今回の見積もりよりわずかに大きくなると考えられます。しかしながら、改善の比率が知りたいと考えると、0次ではそこまで大きな誤差にはならないと思います。ここらへんの歪みのモデル化も入れることができるといいのですが、複雑になりそうなのでこのブログではここまでの範囲とします。
また、今回のモデルがそもそも根本的におかしくないか、実際の測定と照らし合わせたり、議論していただけると嬉しいです。
さて、次に具体的な例を少し考えてみましょう。
実際の測定は、
揺れの典型的な周波数あたりではFWHMは最大径から -3dB ~ 1/1.4 = 0.71 倍と小さくなるので、限定的とはいえ無視できない量の改善となります。
では、例としてNGC4216の撮影で300秒露光から10秒露光にした場合、どれくらいの分解能の改善となるのでしょうか?
どれくらいの割合で改善するかを知りたいだけなら、最大径や最小径を測定する必要もなく、揺れの典型的な周波数のみ分かればいいわけです。例えばその典型的な揺れを1Hzとしてみましょう。回路などをやっている人にとっては、「ゲイン1で1Hzの1次のローパスフィルターがある時に、3.3mHzと0.1Hzの振幅の違いは」といった方がわかりやすいかも知れません。3.3mHzも面倒なので、十分低い周波数としましょう。
その場合、このページなどによるとゲインGはG = 1/(sqrt(1+(f / f0)^2))と表すことができるので、f=0.1Hz、f0 =1Hzを入れるとGは0.995となります。
わずか0.5%ですか!ずいぶん小さい改善です。ちょっとこれだと見た目ではわからないかもしれないですね。
それでは、揺れの典型的な周波数f0を3Hzとしてみましょう。そうすると今度も暗算でG = 1-(0.1)/2 =0.95で約5%の改善です。これくらい違いがあれば目で見てわかる範囲になるでしょう。
前回比較した画像を見ると、まあなんとか有意に違いがわかるかどうかというところです。なので、この見積もりもそこまでおかしくもないかと思います。
今回の結果からわかるように10秒露光はまだ少し長すぎたと言えます。例えば露光時間を3秒にしたら急激にもっと違いがわかるようになるかもしれません。1秒なら相当な違いになるでしょう。
当然かなり暗くなるので、あとは露光時間を短くしたときに、ノイズに負けずにどこまで写すことができるかでしょうか。感度勝負になっているので、少しでも感度の良いカメラを使うとか、少しでも口径の大きい鏡筒を使うかが大きな違いを生みそうです。
さて、ラッキーイメージでの改善の見積もり、いかがだったでしょうか?大体感覚と合ってるとか、全然実際と違うとか、いろいろ当てはめてみると面白いと思います。
今回の話は、VISACでのラッキーイメージを始めたくらいから考え始めて、1週間ほどで大体のアイデアはまとまりました。本当はここまでに至るまでに相当考えたんですよ。
なぜこれほど改善度が小さいのか、少し考えて見たいと思います。
目的
ラッキーイメージのような短時間露光でシンチレーションの影響を除きたいが、どれくらいの露光時間にすれば十分な効果があるのかを見積もる。
仮定
最初に簡単化のためにある仮定を置きます。
仮定: 恒星を見た時に、光学性能で決まるような最小の径が動くことで最大径になるとする。
言い換えると、下の図の左のような最小径自身が、シンチレーションの速い成分で右のように歪んで大きくなるようなことはないとする。
星像の線をぼやかして描いてあるのは、星像自身が正規分布に従うような輝度分布を持っているからです。
モデル化
この仮定をもとに、以下のように考えました。
- ものすごい短い時間で露光した場合には、シンチレーションの影響を無視できるので、光学性能のみで決まるような径に収束していく。
- ものすごい長い時間で露光した場合には、シンチレーションで支配されるような最大径に収束していく。
- シンチレーションは、ランダムウォークのような過程で、ある中心値を持った正規分布のような振る舞いをする。
- シンチレーションの動きはある点を中心に、典型的な中心周波数を持って揺れているとする。この周波数も中心周波数周りに正規分布に従い揺らいでいるとする。
- 中心周波数の1周期以上では、シンチレーションで決まるような最大径に近くなっていく。
- 中心周波数の1周期以下では、周期に1次で反比例して小さくなる。例えば、半分の周期なら約半分の径。10分の1の周期なら最大径の10分の1となる。
言葉だとわかりにくいので、図とともにもう少しわかりやすく書き下します。
恒星は時間とともに、水平方向及び垂直方向には以下のように動きます。
典型的な周期に対して、長いか短いかが効いてきて、この周期より短い時間で露光することにより劇的に径が小さくなる。光学性能で決まるような最小径以下になることはない。
以上のようなモデルを考えると、そこそこ定式化できるのではないかと思ったわけです。
定式化
さてここで考えやすい径としてFWHMを考えます。FWHMとは、Full Width Half Maximumの略で、例えば横軸を水平方向、縦軸を輝度として恒星を見てみると、輝度が最大値の半分の幅という意味です。その幅をその恒星の水平の径と定義します。垂直の径も同様に定義できます。
星の径は、鏡筒の光学性能や、シンチレーションで決まります。大事なことは撮影した1枚の画像の中に写っているたくさんの星は、原理的には明るい星でも暗い星でもFWHMは同じということです。明るい星は見かけの径が大きく、暗い星は見かけの径が小さいですが、その明るさと見かけの径の比はいつも同じなので、FWHMは同じ条件で写して1枚の画像の中ではどの星でも全て同じということです。
露光時間を変えて撮影した場合に、FWHMがどう変わるかを考えます。上で考えたように、
- ものすごい短い時間で露光した場合には、シンチレーションの影響を無視できるので、光学性能のみで決まるような径に収束していく。
- ものすごい長い時間で露光した場合には、シンチレーションで支配されるような最大径に収束していく。
- 中心周波数の1周期以下では、周期に1次で反比例して小さくなる。
- 横軸は周波数で、一回の露光時間の逆数。対数で表示してあります。左に行くほど長い露光時間、右に行くほど短い露光時間です。1秒露光なら1Hz、10秒露光なら0.1Hz、300秒露光なら0.033Hzです。0.1秒くらいの短い露光時間で10Hzになります。
- 縦軸はFWHMなどの、典型的な恒星の径です。
- グラフの左側、ものすごく長い時間をかけて露光すると、シンチレーションが効いてある一定の径 dmaxになる。典型的には3~10秒角程度か。
- グラフの右側、ものすごく短時間で露光すると、シンチレーションの影響が無視できるために、回折や収差などで決まる光学的に決まる径 dminになる。典型的には~1秒角程度か。
- シンチレーションの典型的な揺れの周波数 f0を測定から決める。典型的には~1Hz程度か。
- シンチレーションの影響が効かなくなるような周波数をfsとすると、f0からfsの間では周波数の-1次で径が小さくなる。言い換えると、この領域では露光時間を短くすることで効果的にシンチレーションの影響をなくすことができ、結果として分解能を上げることができる。
- 逆にいうと、この領域外で露光時間を変えても、分解能向上に対する効果は小さく限定的である。
これらの結果をライブスタックを使ったラッキーイメージに適用すると
- ライブスタックの場合には、例えば1回を10秒露光にした場合、毎回恒星の中心値を合わせるように画像を重ね合わせて平均化していくので、10秒露光の時の径がそのまま保たれます。
- 普通の長時間露光の場合には、例えば300秒だった場合、1/300Hzのところの径になるとも言えますし、10秒露光の径の中心値がばらついて1/300Hzの径になるとも言えます。
ただし注意ですが、最初に恒星像自身はシンチレーションで歪まないと仮定したので、実際にはここで考えているような最小径まではいかないはずです。また、最大径も恒星像の歪みの影響は当然受けるので、今回の見積もりよりわずかに大きくなると考えられます。しかしながら、改善の比率が知りたいと考えると、0次ではそこまで大きな誤差にはならないと思います。ここらへんの歪みのモデル化も入れることができるといいのですが、複雑になりそうなのでこのブログではここまでの範囲とします。
また、今回のモデルがそもそも根本的におかしくないか、実際の測定と照らし合わせたり、議論していただけると嬉しいです。
さて、次に具体的な例を少し考えてみましょう。
パラメータの測定
実際の測定は、
- 恒星が写る範囲でできるだけ短い露光時間で動画を撮影し、その時のFWHMを測定(dmin)し、その揺れの動きの典型的な周波数を求める(f0)。この周波数は、各コマでの恒星の位置(最も明るいピクセル)を測定し、FFTで周波数分布を見てピーク周波数を取り出せばいい。簡単には10秒程度動きを見て、左右に何回位動くか見ればいい。
- 分単位の十分長い露光時間で1枚撮影し、そのFWHMを測定する(dmax)。
揺れの典型的な周波数あたりではFWHMは最大径から -3dB ~ 1/1.4 = 0.71 倍と小さくなるので、限定的とはいえ無視できない量の改善となります。
例
では、例としてNGC4216の撮影で300秒露光から10秒露光にした場合、どれくらいの分解能の改善となるのでしょうか?
どれくらいの割合で改善するかを知りたいだけなら、最大径や最小径を測定する必要もなく、揺れの典型的な周波数のみ分かればいいわけです。例えばその典型的な揺れを1Hzとしてみましょう。回路などをやっている人にとっては、「ゲイン1で1Hzの1次のローパスフィルターがある時に、3.3mHzと0.1Hzの振幅の違いは」といった方がわかりやすいかも知れません。3.3mHzも面倒なので、十分低い周波数としましょう。
その場合、このページなどによるとゲインGはG = 1/(sqrt(1+(f / f0)^2))と表すことができるので、f=0.1Hz、f0 =1Hzを入れるとGは0.995となります。
これは簡単に暗算でも計算できます。f / f0が0.1なのでその2乗が0.01。sqrt(1+a)はaが1より十分小さいなら 1+a/2と近似できるので分母は1.005。1/(1+a)もaが1より十分小さいなら近似でき、1-aとなり、答えは0.995となります。
わずか0.5%ですか!ずいぶん小さい改善です。ちょっとこれだと見た目ではわからないかもしれないですね。
それでは、揺れの典型的な周波数f0を3Hzとしてみましょう。そうすると今度も暗算でG = 1-(0.1)/2 =0.95で約5%の改善です。これくらい違いがあれば目で見てわかる範囲になるでしょう。
前回比較した画像を見ると、まあなんとか有意に違いがわかるかどうかというところです。なので、この見積もりもそこまでおかしくもないかと思います。
どうすればいいか?
今回の結果からわかるように10秒露光はまだ少し長すぎたと言えます。例えば露光時間を3秒にしたら急激にもっと違いがわかるようになるかもしれません。1秒なら相当な違いになるでしょう。
当然かなり暗くなるので、あとは露光時間を短くしたときに、ノイズに負けずにどこまで写すことができるかでしょうか。感度勝負になっているので、少しでも感度の良いカメラを使うとか、少しでも口径の大きい鏡筒を使うかが大きな違いを生みそうです。
まとめ
さて、ラッキーイメージでの改善の見積もり、いかがだったでしょうか?大体感覚と合ってるとか、全然実際と違うとか、いろいろ当てはめてみると面白いと思います。
今回の話は、VISACでのラッキーイメージを始めたくらいから考え始めて、1週間ほどで大体のアイデアはまとまりました。本当はここまでに至るまでに相当考えたんですよ。
- 10秒露光と300秒露光の恒星の中心値の振る舞いをどうやってシンプルに表せばいいか?
- シンチレーションはランダムに動くし、中心値もランダムに動く。
- 中心値は長い時間が経てば収束する。
- でも短い時間だと、中心値は収束せず、いろんな値を取る。
- でも中心値の代わりにFWHMみたいな「径」で考えてやれば、短い時間でも収束する。
さて、3秒露光とか、1秒露光、実際にやってみますか。
やっぱり暗いかな?
結局は素直にシンチレーションが小さい日を狙った方がいいのかもしれません。