2022年の反省でも述べましたが、最近自分で考えることがあまりできてなかったので、今回の記事は久しぶりに計算です。内容は、撮影した画像にはどんなノイズが入っていて、それぞれどれくらいの割合になっているかを見積ってみたという話です。
まずは動機です。1月に開田高原でM81を撮影した時に、M81本体に加えて背景のIFNが見えてきました。下は300秒露光を28枚撮影したL画像を強度にオートストレッチしています。
一方、2022年の5月にも自宅で同じM81を撮影しています。背景が埃とスカイノイズで淡いところがまってく出なかったので記事にしていないのですが、下は露光時間600秒を22枚撮影したL画像で、強度にオートストレッチして、かつできるだけ見やすいようにABEとDBEをかけてカブリを排除しています。開田高原の時よりもトータル露光時間は1.6倍ほど長く、被りを除去しても、淡い背景については上の画像には全く及びません。
明らかにスカイノイズの影響が大きいのですが、これを定量的に評価してみたくなったというものです。
もう一つの動機ですが、このブログでも電視観望について多くの記事を書いています。電視観望はリアルタイム性を求めることもあるので、露光時間を短くしてゲインを高く設定することが多いです。この設定が果たして理に適っているのかどうか、これも定量的に議論してみたいとずっと思っていました。
これからする一連の議論の目的ですが、
2番は意外に難しそうです。信号である天体は恒星ならまだしも、広がっている天体の明るさの評価ってなかなか大変です。これは後回しにするかもしれません。
3番は長年の電視観望がなぜ短時間で天体を炙り出せるのかという疑問を、定量的に表す事ができたらと考えています。こちらは大体目処がついてきたので、近いうちに記事にするかと思います。
天体画像撮影におけるノイズは5年くらい前にここで議論しています。SN比の式だけ抜き出してくると
S/N=ntSsig√Anσ2+AntSsky+AntSdark+ntSsig∝√n
と書くことができます。ここで、
重要なことは、読み出しノイズは露光時間に関係なく出てくるために分母のルートの中にtがかかっていないことです。そのため、他のノイズは1枚あたりの露光時間を伸ばすとS/Nが上がりますが、読み出しノイズだけは1枚あたり露光時間を増やしてもS/Nが上がらないということを意識しておいた方がいいでしょう。その一方、撮影枚数を稼ぐことは全てのノイズに対してS/N改善につながり、読み出しノイズも含めて撮影枚数のルートでS/Nがよくなります。繰り返しになりますが、一枚あたりの露光時間を伸ばすのでは読み出しノイズだけは改善しないので、他のノイズに比べて効率が悪いということです。
分子にあたる天体信号の評価は意外に大変だったりするので、今回は分母のノイズのみを考えることにします。
上の式を元に、ここで考えるべきパラメータを固定しやすいもの順に書いておきます。
実際のパラーメータですが、今回の記事ではまずはいつも使っている典型的な例で試しに見積もってみます。私はカメラは主にASI294MM Proを使っていて、最近の撮影ではほとんど以下の値を使っています。
読み出しノイズはカメラのゲインから決まります。ZWOのASI294MM Proのページを見てみると、
真ん中の少し手前あたりにグラフがいくつか示してあります。各グラフの詳しい説明は、必要ならば以前の記事
をお読みください。上の記事でもあるように、カメラの各種特性はSharpCapを使うと自分で測定する事ができます。実測値はメーカーの値とかなり近いものが得られます。
グラフから読み出しノイズを読み取ります。gain 120の場合おおよそ
ということがわかります。rmsはroot mean sqareの意味で日本語だと実効値、時系列の波形の面積を積分したようなものになります。例えば片側振幅1のサイン波なら1/√2で約0.7になります。他のノイズも実効値と考えればいいはずなので、ここではrmsはあえて書かなくて
としていいでしょう。
読み出しノイズは、実際の測定では真っ暗にして最短露光時間で撮影したバイアスフレームのノイズの実測値に一致します。以前測定した結果があるので、興味のある方はこちらをご覧ください。
ダークノイズの元になる暗電流に関しては温度と1枚あたりの露光時間が決まってしまえば一意に決まってしまい、これもZWOのASI294MM Proのページから読み取ることができます。
私はこの値を実測したことはないのですが、そーなのかーさんなどが実測していて、メーカー値とほぼ同じような結果を得ています。
グラフから温度-10℃のところの値を読み取ると暗電流は
となるので、1枚あたりの露光時間300秒をかけると
となります。/pixはピクセルあたりという意味なので、ここは略してしまって
としてしまえばいいでしょう。単位[e]で考えた時に、暗電流のルートがダークノイズになるので、
がダークノイズとなります。
(追記: 2023//4/19) ちょっと脱線ですが、だいこもんさんのブログを読んでいると、2019年末の記事に「dark currentはgain(dB)に依存しないのか?」という疑問が書かれています。答えだけ言うと、[e]で見ている限り横軸のゲインに依存しないというのが正しいです。もしダークカレント、もしくはダークノイズを[ADU]で見ると、元々あったノイズがアンプで増幅されると言うことなので、単純に考えて横軸のゲイン倍されたものになります。実際の画面でも横軸ゲインが高いほど多くのダークノイズが見られるでしょう。でも、コンバージョンファクターをかけて[ADU]から[e]に変換する際に、コンバージョンファクターが横軸のゲイン分の1に比例しているので、積はゲインによらずに一定になるということです。
ちなみに、ホットピクセルはダーク補正で取り除かれるべきもので、ここで議論しているダークノイズとは別物ということを補足しておきたいと思います。
(さらに追記:2023/10/15)
ダークファイルを撮影したので、実際のダークノイズを測定してみました。画像からのノイズの読み取り値は2.6 [ADU]でした。コンバージョンファクターで単位を[e]にすると、2.6x0.9 = 2.3 [e]。ここから読み出しノイズを引いてやると、2乗の差のルートであることにちゅいして、sqrt(2.3^2-1.8^2) = 1.5 [e] と見積り値に一致します。このように、見積もりと実測が、かなりの精度で一致することがわかります。
ここが今回の記事の最大のポイントです。読み出しノイズとダークノイズだけならグラフを使えばすぐに求まりますが、恐らくスカイノイズの評価が難しかったので、これまでほとんど実画像に対してノイズ源の評価がなされてこなかったのではないでしょうか?ここでは実画像の背景部の明るさからスカイノイズを推測することにします。
まず、明るさとノイズの関係ですが、ここではコンバージョンファクターを使います。コンバージョンファクターはカメラのデータとして載っています。例えばASI294MM Proでは先ほどのZWOのページにいくと縦軸「gain(e/ADC)」というところにあたります。コンバージョンファクターの詳しい説明は先ほど紹介した過去記事を読んでみてください。コンバージョンファクターは他に「ゲイン」とか「システムゲイン」などとも呼ばれたりするようです。名前はまあどうでもいいのですが、ここではこの値がどのようにして求められるかを理解すると、なぜスカイノイズに応用できるか理解してもらえるのかと思います。
コンバージョンファクターの求め方の証明は過去記事の最後に書いてあるので、そこに譲るとして、重要なことは、画像の明るさSとノイズNは次のような関係にあり、
(N[ADU])2=S[ADU]fc[e−/ADU]明るさとノイズの二つを結ぶのがコンバージョンファクターfcとなるということです。逆にいうと、このコンバージョンファクターを知っていれば、明るさからノイズの評価が共にADU単位で可能になります。
もっと具体的にいうと、コンバージョンファクターがわかっていると、スカイノイズが支配していると思われる背景部分の明るさを画像から読み取ることで、スカイノイズを直接計算できるということです。これは結構凄いことだと思いませんか?
それでは実画像からスカイノイズを見積もってみましょう。最初に示した2枚のM81の画像のうち、上の開田高原で撮影した画像の元の1枚撮りのRAW画像を使ってみます。
上の画像は既にオートストレッチしてあるので明るく見えますが、ストレッチ前の実際のRAW画像はもっと暗く見えます。明るさ測定はPixInsight (PI)を使います。PIには画像を解析するツールが豊富で、今回はImageInspectionのうち「Statistics」を使います。まず画像の中の暗く背景と思われる部分(恒星なども含まれないように)をPreviewで選び、StatisticsでそのPreviewを選択します。その際注意することは、カメラのADCのbit深度に応じてStatisticsでの単位を正しく選ぶことです。今回使ったカメラはASI294MM Proなので14bitを選択します。輝度の値は「mean」を見ればいいでしょう。ここでは背景と思われる場所の明るさは約920 [ADU]と読み取ることができました。ついでに同じStatisticsツールのノイズの値avgDevをみると17.8 [ADU]と読み取ることが出来ました。
もっと簡単には、画像上でマウスを左クリックするとさまざまな値が出てきますので、その中のKの値を読み取っても構いません。ここでも同様に、単位を「Integer Renge」で手持ちのカメラに合わせて「14bit」などにすることに注意です。
いずれのツールを使っても、背景と思われる場所の明るさは約920[ADU]と読み取ることができました。
前節の式から、輝度をコンバージョンファクターで割ったものがノイズの2乗になることがわかります。gain120の時のコンバージョンファクターはグラフから読み取ると0.90程度となります。
これらのことから、背景に相当する部分のノイズは以下のように計算でき、
となります。どうやら他の読み出しノイズやダークノイズより10倍程大きいことになります。あれ?でもこれだとちょっと大きすぎる気がします。しかも先ほどのStatisticsツールでの画面を直接見たノイズ17.8[ADU]をコンバージョンファクターを使って変換した
よりはるかに大きいです。これだと矛盾してしまうので何か見落としているようです。
計算をじっくり見直してみると、どうやら測定した輝度は「背景光」とオフセットの和になっているのに気づきました。撮影時のオフセットとして40を加えてありますが、この値に16をかけた640がADUで数えたオフセット量として加わっているはずです。実際のマスターバイアス画像を測定してみると、輝度として平均で約640 [ADU]のオフセットがあることがわかったので、これは撮影時に設定したものとぴったりです。この値をを920 [ADU]から引いて、280 [ADU]を背景光の貢献分とします。その背景光からのスカイノイズ成分は
これを[ADU]から[e]に変換するためにさらにコンバージョンファクター[e/ADU]をかけて
となります。これだと画面からの実測値16.0[e]と少なくとも矛盾はしませんが、既に実測のトータルノイズにかなり近い値が出てしまっています。果たしてこれでいいのでしょうか?
次にこれまで結果から、各ノイズの貢献度を見ていき、トータルノイズがどれくらいになるのかを計算します。
画像1枚あたりの背景に当たる部分の各ノイズの貢献度は多い順に
となり、実測の16.0[e]になる事がわかります。スカイノイズに比べてトータルノイズがほとんど増えていないので、読み出しノイズとダークノイズがほとんど影響していないじゃないかと思う方もいるかもしれません。ですが、互いに無相関なノイズは統計上は2乗和のルートになるので本当にこの程度しか貢献せず、実際にはスカイノイズが支配的な成分となっています。
ここまでの結果で、今回のスカイノイズ成分の推定は、定量的にも実画像からの測定結果とほぼ矛盾ないことがわかります。この評価は結構衝撃的で、暗いと思われた開田高原でさえスカイノイズが圧倒的だという事がわかります。
ちなみに、最初の2枚の画像のうち、下のものは自宅で撮影したM81です。富山の明るい北の空ということもあり、そのRAW画像のうちの最も暗い1枚(2022/5/31/22:48)でさえ、背景の明るさの読み取り値はなんと3200[ADU]程度にもなります。バイアス640を引くと2560[ADU]で、開田高原の背景光の値240に比べ約10倍明るく、ノイズは
となります。実際の画像からPIのStatisticsで読み取ったトータルノイズの値が53.4[ADU]->48.1[e]でした。
スカイノイズ48.0[e]に、読み出しノイズ1.8 [e] 、ダークノイズ1.5[e]を2乗和のルートで考えるとトータルノイズは
となり、明るい画像でも背景光の輝度から推測したノイズをもとに計算したトータルノイズ値と、画面から実測したノイズ値が見事に一致します。
開田高原の暗い画像でさえスカイノイズが支配的でしたが、富山の明るい空ではスカイノイズが読み出しノイズ、ダークノイズに比べて遥かに支配的な状況になります。淡いところが出なかったことも納得の結果です。
うーん、でもこんなスカイノイズが大きい状況なら
背景の明るさとコンバージョンファクターから、スカイノイズを見積もるという手法を考えてみました。実際の撮影画像のノイズ成分をなかなか個別に考えられなかったのは、スカイノイズの評価が難しいからだったのではないかと思います。
今回の手法は背景の明るさが支配的と思われる部分がある限り(天体写真のほとんどのケースは該当すると思われます)スカイノイズを見積もる事ができ、状況が一変するのではと思います。また手法も輝度を測るだけと簡単なので、応用範囲も広いかと思われます。
今回の手法を適用してみた結果、実際に遠征した開田高原のそこそこ暗い空で撮影した画像でさえもスカイノイズが支配的になる事がわかりました。もっと暗い状況を求めるべきなのか?それとも露光時間を短くしたり、温度を上げてしまってもいいのか?今後議論していきたいと思います。
とりあえず思いつくアイデアをばっとまとめてみましたが、もしかしたら何か大きな勘違いなどあるかもしれません。何か気づいたことがありましたらコメントなどいただけるとありがたいです。
この記事の続きは
になります。露光時間と温度について、実際の撮影においてどの程度にすればいいか評価しています。
動機
まずは動機です。1月に開田高原でM81を撮影した時に、M81本体に加えて背景のIFNが見えてきました。下は300秒露光を28枚撮影したL画像を強度にオートストレッチしています。
一方、2022年の5月にも自宅で同じM81を撮影しています。背景が埃とスカイノイズで淡いところがまってく出なかったので記事にしていないのですが、下は露光時間600秒を22枚撮影したL画像で、強度にオートストレッチして、かつできるだけ見やすいようにABEとDBEをかけてカブリを排除しています。開田高原の時よりもトータル露光時間は1.6倍ほど長く、被りを除去しても、淡い背景については上の画像には全く及びません。
明らかにスカイノイズの影響が大きいのですが、これを定量的に評価してみたくなったというものです。
もう一つの動機ですが、このブログでも電視観望について多くの記事を書いています。電視観望はリアルタイム性を求めることもあるので、露光時間を短くしてゲインを高く設定することが多いです。この設定が果たして理に適っているのかどうか、これも定量的に議論してみたいとずっと思っていました。
目的
これからする一連の議論の目的ですが、
- 画像に存在するどのノイズが支配的かを知ること。
- 信号がノイズと比較して、どの程度の割合で効くのかを示す。
- 電視観望で高いゲインが有利なことを示す。
2番は意外に難しそうです。信号である天体は恒星ならまだしも、広がっている天体の明るさの評価ってなかなか大変です。これは後回しにするかもしれません。
3番は長年の電視観望がなぜ短時間で天体を炙り出せるのかという疑問を、定量的に表す事ができたらと考えています。こちらは大体目処がついてきたので、近いうちに記事にするかと思います。
基本的なノイズ
天体画像撮影におけるノイズは5年くらい前にここで議論しています。SN比の式だけ抜き出してくると
S/N=ntSsig√Anσ2+AntSsky+AntSdark+ntSsig∝√n
と書くことができます。ここで、
- A [pix] : 開口面積
- n : フレーム枚数
- σ [e-/pix] : 読み出しノイズ
- t [s] : 1フレームの積分(露光)時間
- Ssky [e-/s/pix] : スカイバックグラウンド
- Sdark [e-/s/pix] : 暗電流
- Ssig [e-/s] : 天体からの信号
重要なことは、読み出しノイズは露光時間に関係なく出てくるために分母のルートの中にtがかかっていないことです。そのため、他のノイズは1枚あたりの露光時間を伸ばすとS/Nが上がりますが、読み出しノイズだけは1枚あたり露光時間を増やしてもS/Nが上がらないということを意識しておいた方がいいでしょう。その一方、撮影枚数を稼ぐことは全てのノイズに対してS/N改善につながり、読み出しノイズも含めて撮影枚数のルートでS/Nがよくなります。繰り返しになりますが、一枚あたりの露光時間を伸ばすのでは読み出しノイズだけは改善しないので、他のノイズに比べて効率が悪いということです。
分子にあたる天体信号の評価は意外に大変だったりするので、今回は分母のノイズのみを考えることにします。
パラメータ
上の式を元に、ここで考えるべきパラメータを固定しやすいもの順に書いておきます。
- カメラのゲイン(gain)
- 温度 (temperature)
- 1枚あたりの露光時間 (time)
- 空の明るさ
- 1は撮影時のカメラの設定で決める値です。読み出しノイズ (read noise)を決定するパラメータです。
- 2は撮影時のセンサーの温度で、冷却している場合はその冷却温度になります。単位は[℃]となります。この温度と次の露光時間からダークノイズを決定します。
- 3は撮影時の画像1枚あたりの露光時間で、単位は秒 [s]。2の温度と共にダークノイズ (dark noise)を決定します。ダークノイズの単位は電荷/秒 [e/s]。これは[e/s/pixel]と書かれることもありますが、ここでは1ピクセルあたりのダークノイズを考えることにします。なお、ホットピクセルはダークノイズとは別と考え、今回は考慮しないこととします。ホットピクセルは一般的にはダーク補正で除去できる。
- 4は撮影場所に大きく依存します。今回は実際に撮影した画像から明るさを測定することにします。単位は [ADU]で、ここからスカイノイズを推測します。ちなみに、3の露光時間も空の明るさに関係していて、長く撮影すれば明るく写り、スカイノイズも増えることになります。
実際のパラーメータですが、今回の記事ではまずはいつも使っている典型的な例で試しに見積もってみます。私はカメラは主にASI294MM Proを使っていて、最近の撮影ではほとんど以下の値を使っています。
- 120
- -10℃
- 300秒
読み出しノイズ
読み出しノイズはカメラのゲインから決まります。ZWOのASI294MM Proのページを見てみると、
真ん中の少し手前あたりにグラフがいくつか示してあります。各グラフの詳しい説明は、必要ならば以前の記事
をお読みください。上の記事でもあるように、カメラの各種特性はSharpCapを使うと自分で測定する事ができます。実測値はメーカーの値とかなり近いものが得られます。
グラフから読み出しノイズを読み取ります。gain 120の場合おおよそ
1.8 [e rms]
ということがわかります。rmsはroot mean sqareの意味で日本語だと実効値、時系列の波形の面積を積分したようなものになります。例えば片側振幅1のサイン波なら1/√2で約0.7になります。他のノイズも実効値と考えればいいはずなので、ここではrmsはあえて書かなくて
1.8 [e]
としていいでしょう。
読み出しノイズは、実際の測定では真っ暗にして最短露光時間で撮影したバイアスフレームのノイズの実測値に一致します。以前測定した結果があるので、興味のある方はこちらをご覧ください。
ダークノイズ
ダークノイズの元になる暗電流に関しては温度と1枚あたりの露光時間が決まってしまえば一意に決まってしまい、これもZWOのASI294MM Proのページから読み取ることができます。
私はこの値を実測したことはないのですが、そーなのかーさんなどが実測していて、メーカー値とほぼ同じような結果を得ています。
グラフから温度-10℃のところの値を読み取ると暗電流は
0.007 [e/s/pixel]
となるので、1枚あたりの露光時間300秒をかけると
2.1 [e/pix]
となります。/pixはピクセルあたりという意味なので、ここは略してしまって
2.1[e]
としてしまえばいいでしょう。単位[e]で考えた時に、暗電流のルートがダークノイズになるので、
sqrt(2.1)=1.5[e]
がダークノイズとなります。
(追記: 2023//4/19) ちょっと脱線ですが、だいこもんさんのブログを読んでいると、2019年末の記事に「dark currentはgain(dB)に依存しないのか?」という疑問が書かれています。答えだけ言うと、[e]で見ている限り横軸のゲインに依存しないというのが正しいです。もしダークカレント、もしくはダークノイズを[ADU]で見ると、元々あったノイズがアンプで増幅されると言うことなので、単純に考えて横軸のゲイン倍されたものになります。実際の画面でも横軸ゲインが高いほど多くのダークノイズが見られるでしょう。でも、コンバージョンファクターをかけて[ADU]から[e]に変換する際に、コンバージョンファクターが横軸のゲイン分の1に比例しているので、積はゲインによらずに一定になるということです。
ちなみに、ホットピクセルはダーク補正で取り除かれるべきもので、ここで議論しているダークノイズとは別物ということを補足しておきたいと思います。
(さらに追記:2023/10/15)
ダークファイルを撮影したので、実際のダークノイズを測定してみました。画像からのノイズの読み取り値は2.6 [ADU]でした。コンバージョンファクターで単位を[e]にすると、2.6x0.9 = 2.3 [e]。ここから読み出しノイズを引いてやると、2乗の差のルートであることにちゅいして、sqrt(2.3^2-1.8^2) = 1.5 [e] と見積り値に一致します。このように、見積もりと実測が、かなりの精度で一致することがわかります。
スカイノイズ
ここが今回の記事の最大のポイントです。読み出しノイズとダークノイズだけならグラフを使えばすぐに求まりますが、恐らくスカイノイズの評価が難しかったので、これまでほとんど実画像に対してノイズ源の評価がなされてこなかったのではないでしょうか?ここでは実画像の背景部の明るさからスカイノイズを推測することにします。
まず、明るさとノイズの関係ですが、ここではコンバージョンファクターを使います。コンバージョンファクターはカメラのデータとして載っています。例えばASI294MM Proでは先ほどのZWOのページにいくと縦軸「gain(e/ADC)」というところにあたります。コンバージョンファクターの詳しい説明は先ほど紹介した過去記事を読んでみてください。コンバージョンファクターは他に「ゲイン」とか「システムゲイン」などとも呼ばれたりするようです。名前はまあどうでもいいのですが、ここではこの値がどのようにして求められるかを理解すると、なぜスカイノイズに応用できるか理解してもらえるのかと思います。
コンバージョンファクターの求め方の証明は過去記事の最後に書いてあるので、そこに譲るとして、重要なことは、画像の明るさSとノイズNは次のような関係にあり、
(N[ADU])2=S[ADU]fc[e−/ADU]明るさとノイズの二つを結ぶのがコンバージョンファクターfcとなるということです。逆にいうと、このコンバージョンファクターを知っていれば、明るさからノイズの評価が共にADU単位で可能になります。
もっと具体的にいうと、コンバージョンファクターがわかっていると、スカイノイズが支配していると思われる背景部分の明るさを画像から読み取ることで、スカイノイズを直接計算できるということです。これは結構凄いことだと思いませんか?
実際のスカイノイズの見積もり
それでは実画像からスカイノイズを見積もってみましょう。最初に示した2枚のM81の画像のうち、上の開田高原で撮影した画像の元の1枚撮りのRAW画像を使ってみます。
上の画像は既にオートストレッチしてあるので明るく見えますが、ストレッチ前の実際のRAW画像はもっと暗く見えます。明るさ測定はPixInsight (PI)を使います。PIには画像を解析するツールが豊富で、今回はImageInspectionのうち「Statistics」を使います。まず画像の中の暗く背景と思われる部分(恒星なども含まれないように)をPreviewで選び、StatisticsでそのPreviewを選択します。その際注意することは、カメラのADCのbit深度に応じてStatisticsでの単位を正しく選ぶことです。今回使ったカメラはASI294MM Proなので14bitを選択します。輝度の値は「mean」を見ればいいでしょう。ここでは背景と思われる場所の明るさは約920 [ADU]と読み取ることができました。ついでに同じStatisticsツールのノイズの値avgDevをみると17.8 [ADU]と読み取ることが出来ました。
もっと簡単には、画像上でマウスを左クリックするとさまざまな値が出てきますので、その中のKの値を読み取っても構いません。ここでも同様に、単位を「Integer Renge」で手持ちのカメラに合わせて「14bit」などにすることに注意です。
いずれのツールを使っても、背景と思われる場所の明るさは約920[ADU]と読み取ることができました。
前節の式から、輝度をコンバージョンファクターで割ったものがノイズの2乗になることがわかります。gain120の時のコンバージョンファクターはグラフから読み取ると0.90程度となります。
これらのことから、背景に相当する部分のノイズは以下のように計算でき、
sqrt(920/0.90) = 32.0 [ADU] -> 28.8 [e]
となります。どうやら他の読み出しノイズやダークノイズより10倍程大きいことになります。あれ?でもこれだとちょっと大きすぎる気がします。しかも先ほどのStatisticsツールでの画面を直接見たノイズ17.8[ADU]をコンバージョンファクターを使って変換した
17.8 [ADU] x 0.90 [e/ADU] = 16.0 [e]
よりはるかに大きいです。これだと矛盾してしまうので何か見落としているようです。
計算をじっくり見直してみると、どうやら測定した輝度は「背景光」とオフセットの和になっているのに気づきました。撮影時のオフセットとして40を加えてありますが、この値に16をかけた640がADUで数えたオフセット量として加わっているはずです。実際のマスターバイアス画像を測定してみると、輝度として平均で約640 [ADU]のオフセットがあることがわかったので、これは撮影時に設定したものとぴったりです。この値をを920 [ADU]から引いて、280 [ADU]を背景光の貢献分とします。その背景光からのスカイノイズ成分は
sqrt(280/0.90) = 17.6 [ADU]
これを[ADU]から[e]に変換するためにさらにコンバージョンファクター[e/ADU]をかけて
17.6 [ADU] x 0.90 [e/ADU] = 15.9 [e]
となります。これだと画面からの実測値16.0[e]と少なくとも矛盾はしませんが、既に実測のトータルノイズにかなり近い値が出てしまっています。果たしてこれでいいのでしょうか?
各ノイズの貢献度合い
次にこれまで結果から、各ノイズの貢献度を見ていき、トータルノイズがどれくらいになるのかを計算します。
画像1枚あたりの背景に当たる部分の各ノイズの貢献度は多い順に
- スカイノイズ: 15.9[e]
- 読み出しノイズ: 1.8 [e]
- ダークノイズ: 1.5[e]
sqrt(15.9^2+1.8^2+1.5^2) = 16.0 [e]
となり、実測の16.0[e]になる事がわかります。スカイノイズに比べてトータルノイズがほとんど増えていないので、読み出しノイズとダークノイズがほとんど影響していないじゃないかと思う方もいるかもしれません。ですが、互いに無相関なノイズは統計上は2乗和のルートになるので本当にこの程度しか貢献せず、実際にはスカイノイズが支配的な成分となっています。
ここまでの結果で、今回のスカイノイズ成分の推定は、定量的にも実画像からの測定結果とほぼ矛盾ないことがわかります。この評価は結構衝撃的で、暗いと思われた開田高原でさえスカイノイズが圧倒的だという事がわかります。
富山の明るい空
ちなみに、最初の2枚の画像のうち、下のものは自宅で撮影したM81です。富山の明るい北の空ということもあり、そのRAW画像のうちの最も暗い1枚(2022/5/31/22:48)でさえ、背景の明るさの読み取り値はなんと3200[ADU]程度にもなります。バイアス640を引くと2560[ADU]で、開田高原の背景光の値240に比べ約10倍明るく、ノイズは
sqrt(2560/0.90) = 53.3 [ADU] -> 48.0 [e]
となります。実際の画像からPIのStatisticsで読み取ったトータルノイズの値が53.4[ADU]->48.1[e]でした。
スカイノイズ48.0[e]に、読み出しノイズ1.8 [e] 、ダークノイズ1.5[e]を2乗和のルートで考えるとトータルノイズは
sqrt(45.0^2+1.8^2+1.5^2) = 48.1 [e]
となり、明るい画像でも背景光の輝度から推測したノイズをもとに計算したトータルノイズ値と、画面から実測したノイズ値が見事に一致します。
開田高原の暗い画像でさえスカイノイズが支配的でしたが、富山の明るい空ではスカイノイズが読み出しノイズ、ダークノイズに比べて遥かに支配的な状況になります。淡いところが出なかったことも納得の結果です。
うーん、でもこんなスカイノイズが大きい状況なら
- もっと露光時間を短くして読み出しノイズを大きくしても影響ないはずだし、
- 冷却温度ももっと上げてダークノイズが大きくなっても全然いいのでは
まとめ
背景の明るさとコンバージョンファクターから、スカイノイズを見積もるという手法を考えてみました。実際の撮影画像のノイズ成分をなかなか個別に考えられなかったのは、スカイノイズの評価が難しいからだったのではないかと思います。
今回の手法は背景の明るさが支配的と思われる部分がある限り(天体写真のほとんどのケースは該当すると思われます)スカイノイズを見積もる事ができ、状況が一変するのではと思います。また手法も輝度を測るだけと簡単なので、応用範囲も広いかと思われます。
今回の手法を適用してみた結果、実際に遠征した開田高原のそこそこ暗い空で撮影した画像でさえもスカイノイズが支配的になる事がわかりました。もっと暗い状況を求めるべきなのか?それとも露光時間を短くしたり、温度を上げてしまってもいいのか?今後議論していきたいと思います。
とりあえず思いつくアイデアをばっとまとめてみましたが、もしかしたら何か大きな勘違いなどあるかもしれません。何か気づいたことがありましたらコメントなどいただけるとありがたいです。
この記事の続きは
になります。露光時間と温度について、実際の撮影においてどの程度にすればいいか評価しています。