前回のZEROの振動減衰特性の続きになります。さらにマニアックなものになっているかもしれません。でもこの揺れに隠れいている物理をきちんと考えてみると、今後役に立つこともあるのかと思います。数式もあるので少し読みにくい記事になっているかもしれませんが、興味のある方は是非最後まで読んでいただけるとありがたいです。

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今回の記事の目的

とりあえず前回の記事では定量的な評価は控え、定性的にこんな傾向だというところを示しました。揺れの影響を比べるとポルタIIとZEROでは思ったより違うという印象を持たれた方も多いかと思います。

感覚的にでいいので、映像を見比べてポルタIIとZEROで揺れがどれくらい違うと思いましたか?2〜3倍くらい?10倍くらい?30倍くらい?100倍?数値的には答えが最後に出ますので、

みなさん動画を見比べたときの自分の印象を、
是非ここで一度考えてみてください

今回の記事のタイトルにはあえて解析とつけてしまいましたが、もう少し突っ込んで数値で比較できれば思っています。実際には、前回の使った動画から色々数値的なパラメータを引き出して定量的に評価します。これらをできるだけ一般化して、他の機器と比較した場合にも応用ができるようになればと思っています。具体的には共振周波数と半減期とQ値の関係を示し、それが実際の揺れ具合に感覚的にあっているかまで議論できれば上出来と言えますでしょうか。


共振周波数と半減期

今回の解析は前回撮影した映像をさらに突っ込んで解析します。特に新しいデータを取ったというわけではありません。まず、引き出したいパラメータは「共振周波数」と「半減期」です。

160倍相当に拡大し、できるだけフレームレートを上げて撮影した4本(ポルタIIとZEROのそれぞれ縦と横)の動画を解析します。鏡筒をピンと弾いて揺らしたので、インパルス的(「瞬間的な」という意味)な力を与えて、それが主としてそのモード(縦とか横とかいう意味)における最低次(一番低い周波数という意味)の振動を励起し、その振動が減衰していく様子が動画に記録されています。

できるだけ力が同じになるようにピンと弾いたのですが、衝撃の力積(力と、力をかけた時間の積)は必ずしも一定ではありません。それでもその衝撃で励起された「共振周波数」と、その振幅がある時から半分になる時間「半減期」は、最初に与えた衝撃によらずに、そのモードに固有で一定値となります。なのでそれらを測定してやれば、励起された振幅の大きさにかかわらずなんらかの特性が評価できるはずです。



実際の基本モードの測定



ポルタII 横の動き

一番揺れていてわかりやすい、ポルタIIの鏡筒を横向きに弾いた時の動画を例に「共振周波数」と「半減期」を測定してみましょう。ポルタIIの鏡筒を弾いたときの動きはこんな感じでした。

倍率160倍相当の横の動き: ポルタの場合

Youtubeに上げた動画では、細かい時間情報が消えてしまっているので、実際の解析にはSharpCapで録画した生の.serファイルを使いました。ser形式の場合、各フレームが測定された時間もそれぞれ記録されています。


実際に動画を見ながら測定すると、
  • 弾いてから2周期ほど揺れて最大振幅になったところの時間が、(UTCの14時29分)51.70秒
  • 10周期揺れた時の最大振幅の時間が、53.20秒
ということがわかったので、
  • 10回揺れるのに1.50秒かかっています。
ということは
  • 周期 P = 0.150秒
  • 最低次の共振周波数 \( f_0 = 1/P = \) 6.7Hz
ということがわかります。

また、先の弾いてから2周期ほど揺れてから最大振幅になった時(51.70秒)と比べて、
  • 振幅が半分になった時の時間は 52.75秒なので、
  • 半減期 \(t_{1/2} = \) 1.05秒
となります。


ZERO 横の動き

次はZEROの場合の揺れを確認します。

同様に横の基本モードの共振周波数と半減期を測定すると、
  • 弾いてからある最大振幅になったところの時間が、43.24秒
  • 10周期揺れた時の最大振幅の時間が、43.95秒
なので、
  • 10回揺れるのに0.71秒
かかっていることから、
  • 周期 P = 0.071秒
  • 最低次の共振周波数 \( f_0 = 1/P = \) 14.1Hz
また、先の弾いてから2周期ほど揺れてから最大振幅になった時(43.24秒)と比べて、
  • 振幅が半分になった時の時間は 43.66秒なので、
  • 半減期  \(t_{1/2} = \) 0.42秒
となります。

さて、これらのことから何が言えるでしょうか?まず、共振周波数から見ていきましょう。

ところで、ポルタIIとZEROでどれくらい違うか、印象を今一度確認してみてください。何倍くらい違うと思ったでしょうか?ここまでで共振周波数の違いは7Hzくらいと14Hzくらいなので、2倍くらいと既にわかりましたね。

でも揺れの印象だけ見るともっと違いが大きいような気がします。
皆さんはどう思いますでしょうか?


共振周波数について

ある系(この場合鏡筒と経緯台と三脚を含んだ望遠鏡全体)のある揺れやすいところ(方向)に衝撃を与えてやると、一番揺れやすい(軟らかい)ところで大きく揺れます。この揺れを基本モードと呼び、その揺れをその基本モードの共振、その共振の1秒あたりの揺れの回数を共振周波数と呼ぶことにします。

経緯台の骨格を太くしたりしてものを頑丈に固く作るほど、載せている鏡筒を軽くコンパクトに作るほど、基本モードの共振周波数は上がります。逆に、骨格が細く柔らかい系であるほど、また長く(レンズ部など)重さが端部に寄ったダンベル型に近い鏡筒なほど、基本モードの共振周波数が低くなります。

共振周波数が高いということは固いバネに相当し、共振周波数が低いということは軟らかいバネに相当します。中学の理科とか高校の物理の最初の方で習うフックの法則\(F=-kx\)という式を覚えていますでしょうか?ある力Fを加えると、固い(kが大きい)バネほど、伸びxが小さく、軟らかい(kが小さい)バネほど、伸びxが大きいという関係式です。

バネ定数は共振周波数と次のような関係で表されて、\[f_0=\frac{1}{2\pi}\sqrt{\frac{k}{M}}\]などと書くことができます。ここでMは質量に相当します。これをFの式に入れてやると\[F= -4\pi^2 f_0^2 M x\]と書くことができます。同じ質量で同じ力だとすると、共振周波数の2乗で揺れにくくなることがわかります。実際今回扱っているのは回転なので、質量Mは慣性モーメントで考える必要がありますし、係数も変わってきますが、物理的にはバネのイメージで本質的には間違っていないはずです。すなわち、同じ力で鏡筒を揺らすと揺れの振幅が共振周波数の2乗に反比例して小さくなる、言い換えると固い構造(バネ)ほど急激に揺れにくくなるということです。このことは実際の観測時にも同様で、鏡筒に手が当たったとかの場合、弱い(軟らかい)とよく揺れ、強い(固い)と揺れないというのは感覚的にも理解できるかと思います。


半減期について

では次に半減期です。これは一旦起きた振動がどれだけ早く収まっていくかを表すパラメータの一つと考えることができます。どれだけ「発生したエネルギー」をいかに「失わせるか」という損失の大きさに依存します。素材にもよりますし、構造の組み方などにもよります。

例えば金属でできている部分をゴムにすれば、その損失は大きくなり減衰は速くなります。ですが素材をゴムにすると当然やらかくもなるので、共振周波数も下がるので損をします。面白いのは、同じような素材、同じような構造で組むとこのロスというのは大体同じような値になるということです。

ここで、共振周波数と半減期の積を考えて見ましょう。
  • ポルタIIの場合6.7Hz x 1.05秒 = 7.04
  • ZEROの場合14.1Hz x 0.424 = 5.98
と、両者あまり違いがありません。若干ZEROの方が小さいくらいですが高々2割程度です。


Q値について考えてみる

ここで、以前検討したQ値というものを導入してみましょう。Q値は今回測定した共振周波数と半減期を使って、\[Q=4.53 f_0 t_{1/2}\]という式で表されます。共振周波数と半減期の積にある数値をかけたものになります。なぜ4.53なのかは以前の解説記事を参照してください。

ポルタIIの場合は\[Q=4.53 \times 6.7 \times 1.05 = 31.9\] ZEROの場合は\[Q=4.53 \times 14.1 \times 0.421 = 26.9\]という値になります。

ではこのQ値が何を意味するかです。Q値は元々あった揺れが共振によって何倍に拡大されるかということを知ることができるとても便利な値です。では何倍になるかというと、ずばりQ倍になります。その証明はこのページの伝達関数の式のf=f0の場合になります。

例えば地面が揺れていてそれが鏡筒を揺らすとすると、その揺れはQ倍に拡大されるというわけです。地面の揺れは\(10^{-7}/f^2 \rm{[m/\sqrt{Hz}]}\)という振幅になります。fはその揺れの周波数、単位が\( \rm{m/\sqrt{Hz}} \)となっていて少しややこしですが、\(\rm{ / \sqrt{Hz}}\)のところはちょっと無視してください(詳しいことが知りたい場合はこのページの最後を読んでみてください。)。ここでは簡単にm(メートル)で考えてしまいましょう。

ポルタIIの場合、共振周波数が6.7Hz、Qが31.9なので、地面振動からくる揺れは
  • \(Q \times 10^{-7}/f^2  = 31.9 \times 10^{-7} / 6.7^2 = 7.1 \times 10^{-7} \rm{[m/\sqrt{Hz}]}\)
ZEROの場合、共振周波数が14.1Hz、Qが26.9なので、地面振動からくる揺れは
  • \(Q \times 10^{-7}/f^2  = 26.9 \times 10^{-7} / 14.1^2 = 1.3 \times 10^{-7} \rm{[m/\sqrt{Hz}]}\)
程度となります。これは風などの外部の衝撃がない、揺れが落ち着いている時の揺れ幅に相当し、両方とも1マイクロメートル以下なので、実際に視野をのぞいていてもそれほど揺れているとは感じない程度でしょう。鏡筒を叩いて揺らした場合の揺れが減衰していくと、最終的に上記揺れ程度になるということです。それでもZEROのほうが揺れが5分の1程度に落ち着くというのは意識しておいたほうがいいでしょう。たいした大きさの揺れではないので、とりあえず地面の常微振動からくる揺れはあまり考えなくてよく、それよりも視野を移動した時の揺れを議論したようが有益だということが言えるのかと思います。

この実測値からも推定できるように、ポルタIIとZEROでは素材は金属(アルミ合金?)で、使える金属の種類もある程度限られるので、ロス(Q値)に関してはそこまで大きく変えることはできないと言えるのかと思います。逆にQ値が同じなら、Qの定義式から同じ力を加えたときは共振周波数が高いほうが減衰するまでの時間は小さくなるということが言えるわけです。


まとめ

上記検討のまとめをしてみましょう。

構造体に同じような金属を使うのでロス(Q値)が同程度だとして、共振周波数が高いとどれくらい得をするか考えてみましょう。同じ力で鏡筒を揺らした場合、
  • まず振幅が共振周波数の2乗分の1で小さくなります
  • 次にQの定義から、減衰するまでの時間は共振周波数分の1になるので
ざっくり考えて、振幅で2乗、減衰で1乗と、あわせて共振周波数の3乗くらいで揺れの影響が小さくなると言ってしまっていいのかと思います。ポルタIIとZEROでは共振周波数が2倍ちょっと違うので、3乗するとざっくり10倍くらい違うわけです。

皆さんの印象はどれくらいだったでしょうか?

10倍くらいだと思った方はいましたでしょうか?

ポルタIIに比べると、ZEROの共振周波数の違いが高々2倍くらいしか違わないのに、揺れの印象が感覚的にも10分の1くらいだかと思うのは、それほど間違っていないのではないかと思います。経緯台のような微動ハンドルを回して天体を追尾していく場合には、構造を固くして共振周波数を上げることがいかに重要かということが分かる結果です。


今後の展開

ZEROは非常に優秀で、口径100mm程度までなら載せても揺れが気にならないと聞いています。ただし、口径120mmのTSA-120をZEROに載せると、さすがに積載限界を超えているのか揺れてしまうとう報告がZEROの販売ページにあります。また非公式ですが、某天文ショップの店員さんから、同様のことを試して揺れが出てしまうという報告をTwitter経由で聞いています。

なので次はTSA-120をZEROに載せて、実際にどれくらい揺れるのかを、共振周波数を測定することで、比較してみたいと思います。これは自分自身でもかなり興味があって、うまくTSA-120をZEROで快適に使用する方法があるのかどうかを探ってみたいのです。鏡筒だけでなく、全体の系で共振周波数が決まるので三脚の影響も大きいかと思います。

気の向いた時にパッとTSA-120を出してZEROに載せて、振動なく見えるというのはかなり魅力的です。