ほしぞloveログ

天体観測始めました。

カテゴリ: 参考資料

性懲りも無くまたもや天文ガイドを大量にオークションで落としてしまいました。前回(記事その1その2その3)は1980年台が主だったのですが、今回は1991年1月号から1995年12月号まで60冊で抜けなしです。90年台の後半くらいまでは天文ショップのバックナンバーにたまにあるのですが、90年台前半はほとんど残っていません。これまでもいろいろ集めているのですが、実は天文ガイド、SkyWatcher、月刊天文などを見渡しても91-95年のはまだ一冊も持っていないので、一気に揃うのは魅力的でした。


IMG_1878


ついでに天文ガイドの1984年8月号臨時増刊も珍しくオークションで出ていたので落として見ました。こちらは前に勧められて読んだ時も面白かったので今回も楽しみです。

両方ともオーストラリアに行っている際に無事に届いていたようです。まだ帰国した直後で、何冊かだけ読んだのですが、90年台は多分最盛期でとにかく分厚いです。時間のあるときに読んで見て、面白い記事などあったらまた取り上げてみたいと思います。 

木曜の夕方、先日記事を書いた自動導入の誤差補正のテストの準備をしていると、すぐ目の前に住む、同じ県天メンバーのKさんがやってきました。Kさんは天文歴50年の大ベテランの方で、昨年の夏に近所のお寺に子供達を集めて観望会をやられた方で、私が県天に入った5月ころからちょくちょく付き合いがあります。実は近所なので子供(Kさんから見たら孫)同士が仲がいいというのもありますが。

極軸合わせとか準備をしながら「最近昔の80年代の天文ガイドを手に入れたんですよ」とか話していたのですが、もしかしたらこのブログを読んでくれていたのかもしれませんが、なんと先日のコメントでHABさんから教えてもらい、読みたいと思っていた臨時増刊号を、土曜日の夜にわざわざ何冊か持ってきて貸して下さいました。

IMG_1700


1961年5月号臨時増刊の「イケヤ・セキ彗星写真集」1985年2月号臨時増刊の「STAR WATCHNG」、同じく1986年8月号臨時増刊の「ハレー彗星記念号」です。3冊ともすごく濃いです。

特に、1985年2月号臨時増刊は天体望遠鏡20年史という記事が35ページほどあり、1965年から1984年頃までの雑誌の内容がダイジェストになっていて、手に入れた80年代の本誌と比べることで、色々と楽しむことができました。さらにその記事の中にある東京天文台の富田氏による記事が、当時の裏事情なども含み、すごく興味深かったです。その中で、機器の評価記事についての記述がありました。前回のこのブログの記事で、機器の評価記事が少ないと書いてしまったのですが、どうやら創刊当時から1970年代までは相当の評価記事が載っていたようです。途中でその連載も無くなってしまい、80年代に入ってからはあまりさかんに評価記事が乗らなくなったのが、私が勘違いした原因のようです。評価記事を辞めた理由の一つに、「簡単なテストでは文句がつけられないくらい各社の望遠鏡の性能が良くなった」とありました。旧御三家の話でもあるように、おそらく今の時代からは想像ができないくらいの見えにくかった望遠鏡が存在していたのでしょう。それが短期間のうちに格段に性能が上がっていったという時代があったのだと思います。今の人たちはそういった時代のことは知らなくてもいいのでしょうが、それでも一度は見えなかった時代の望遠鏡を覗いてみたいと思うのはおかしいでしょうか?

ハレー彗星記念号は「いっちまったハレー彗星」で大笑いしました。ちょうどKさんから「ハレー彗星は小さかった」と聞いた直後でしたので、さらに面白かったです。私自身はその頃中学生でこの目では見ていないのですが、当時の流行の歌にもなぜかハレーというフレーズが随所に出たりで、随分と盛り上がっていた印象はあります。でも記事を見ると、「見たという安心感はあるけれど、あまり感激がなかった」というような内容で、一般の人が見た印象はやはりそんなもんだったのかということがよくわかりました。多分ですが、星雲と同じで、写真とアイピースでの観望は違いがありすぎるんですよね。実際、写真も雑誌に入選したのは数千枚のうちの100点満点で、120点ではまだダメで、たまたま200点を取ったごくわずかのみが載ったとのことでした。その写真と比べたら流石に眼視では辛いと思います。それでもあれだけ盛り上がったのは、マスメディアの力恐るべしといったところでしょうか。


さらに日曜日の夜、家族での外食から帰ってきたら玄関に今度は星の手帳の80年から82年のものが9冊置いてありました。またKさんだとすぐにわかりました。私も星の手帳は1冊だけもっていますが、随分と研究志向の強い雑誌というのが印象です。こちらもまたじっくり読まさせていただきます。

Kさんどうもありがとうございました。



 

オークションで手に入れた1980年代の天文ガイド60冊を一気に読み続けているのですが (その1) (その2)、一番面白いのは「どくしゃサロン」というお便りコーナーです。今見るととても興味深いので紹介します。1982年5月号の投稿で、ほぼ原文そのままです。

IMG_1682


来、天文界が電子化すると...。まずアイピースの代わりにCCD(電荷結合素子といって、光を電気信号にかえる半導体)をつける。CCDによりCRT(ブラウン管TV)に写し出され、多勢で観測ができる。また、写真よりも解像度さえ高くなれば、野や山でも簡単にハードコピーがとれる。さらにインターフェースを介して光ファイバーによるキャプテンシステム、あるいは無線を通し、どこへでも同時に送画できる。そのため、各地の天文台は週末になると、アマチュア天文家にCRTによる天体観測サービス業務を開始する。また、都会の天文家で、週末に郊外の観測所に出かけていた人たちは、毎日自宅でマニュピュレーターで、遠隔操作で観測ができるようになる。
 天体望遠鏡は、音声で星座名を入力すると、内臓のマイコンが計算して、自動的に視野の中へ入れてくれる、慣性航行装置を応用したデバイスも組み込まれているので、極軸合わせも不要。もちろん公転、自転も自動追尾。おまけに音声合成装置もあるため、機械のブンザイで生意気なことを言うんです。”ネェ、天体観測しようよ〜”」(赤字は私が入れました。けっこう死語に近いですが、意味は何となくわかると思います。)

東京都の19歳の男性からのお便りですが、未来予測の的中率が凄すぎです。驚くべきことに、35年前それこそ夢の技術だったことが、ほぼ完全に実現されています。しかも個人レベルでできてしまっています。
  • CCDは本当に動画でその当時の写真撮影性能に迫る性能が出始めている。
  • CRTはスマホやタブレットで持ち歩きさえできる。
  • ハードコピーにいたっては印刷する必要さえなくなってきている。
  • 光ファイバーによるキャプテンシステム(流石に今の人は知らないか)はインターネットとWeb。
  • 無線は携帯やWi-Fiなど。
  • マニュピュレーターは今まさに取り組んでいるリモートでの操作
  • マイコンが計算して自動的に視野の中へ、赤道儀単体の自動導入でさえも当然入れてくれます。
  • 慣性航行装置を応用したデバイスは電子極望でしょうか?完全自動化とまではいきませんが、かなり楽です。
  • 音声合成装置も特別なデバイス無しで普通のコンピュータがしゃべります。Siriなんかももっと気の利いたこと言ってくれます。
鉄腕アトムは実現出ませんでしたし、Back to the Futureのホバーボードは大企業が総力を挙げてかなりの制限付きでやっと一台実現できたくらいですが、天文に関しては、今、我々は夢の未来の国に生きているんです!



もう一通紹介します。同じく1982年5月号です。60冊近く読んでこの号の2通が一番面白かったです。

人になったら、ドームの中で望遠鏡を操作する天文学者になりたいという夢を持っていました。その頃の星空の美しさは、今とは比較にならないほど多くの星が宝石のように輝いていました。やがて6cmの望遠鏡を買って、ガイドブックをたよりに探した天体に感激したものでした。子供の頃の記憶では、闇と思われる夜、6cmではどんなに目を凝らしても見えなかった天体が、やがて15cmになると簡単によりすばらしい世界が広がったことにまた感激。
 一通りの天体を見てしまい、幻滅する明るい空と、美化された記憶との差で天体というものに興味がうすれかかった時、XX星の会の会員として、市内の児童会館の15cm望遠鏡の定例の一般公開に参加して、新しい人生を発見しました。観測派パワーで、教える立場になり、天文学者とまではいきませんが、15cm屈折を操作できるようになったのです。昔、星を見た時の感動を明るい夜空で今の子供たちに、どの天体はどのように見える伝えるか只今計画中。」
群馬県、XXXX、


















二十一歳。


えっ、てっきり定年を迎えられたような60歳くらいの方の文章かと思いました。当時の人たちむちゃくちゃ若いです。30代は年寄り扱いのような雰囲気です。でもこの方も今は56歳のはず。今の2017年にこの文章が出てきたらすごく納得できるのかもしれません。


とにかく、読者投稿は当時の若い人たちの熱気が伝わってくるような文書ばかりです。いまはインターネットがあるので、blogやSNSやなどコミュニュケーションを取る手段はたくさんあるのですが、当時の、機材もまだまだ不十分で、未来に夢があった時代の、あの熱い雰囲気はその時にしか味わえないものなのでしょう。私も若い頃に星の世界に突っ込んでいたかったです。


他にも広告を見ていると面白いことがわかります。

赤道儀が単体で販売されるようになったのは意外に後の方で、それまでは基本的には鏡筒とセット販売が主流だったようです。それに気づいたのは1986年当時の号を読んでいた時で、例えばタカハシのFC-100でTS-90仕様とか、EM-1仕様とか、同じ機種で違う赤道儀にできるくらいで、それでもまだセット販売が基本のようです。もちろんその前からも赤道儀単体の販売もあったようですが、主流はあくまでセット販売のようです。何故こんなことを思ったかというと、1985年のVixenのマイコン・スカイセンサー2型をつかったマイコン付き赤道儀セットの広告を見たときで、そこの謳い文句に「万能プレート仕様で、他社鏡筒にも対応。」と出ていたからです。この当時でやっと赤道儀の汎用性やクランプ規格の共通化を模索し出したということでしょうか。ちょっと調べてみたのですが、いまのアリガタアリミゾが出たのがどれくらいの時期なかよくわかりませんでした。少なくともまだこの時は万能プレートと言っているだけなので、まだアリガタアリミゾではないと思います。コンピュータと同じで、規格の統一という歴史がこの分野でもあったのだと思わされました。


あと、意外なことに新製品のレポートのようなものが雑誌の記事としてはほとんどありません。広告を見て初めてわかるような感じです。よっぽど人気の出そうなものは少し記事がありますが、新製品のあまりのラッシュで紹介記事を書くのが難しいような印象を受けました。(追記: 後日臨時増刊を読んで、もう少し前の70年代までは製品レポートが熱心に連載されていたとわかりました。)

60冊あったのもあと残り僅か数冊。80年代後半はかなり飛び飛びなので、また機会があったら抜けている号も手に入れたいです。コメントで教えてもらった臨時増刊号も面白そうなので、いつか読んでみたいです。(追記: 20174/15の土曜日、星を見ていたら近所のKさんが早速貸してくれました。Kさんどうもありがとうございました。)

手に入れた80年代の天文ガイドの60冊のうちのやっと3分の2くらいを読み終えました。その中で面白かった記事を少し紹介します。



CCD

1984年10月号にCCDの特集がありました。そのときカラーページに乗っていた写真が以下のものです。

IMG_1670


もちろん今のCCDとは比べるまでもありませんが、記事を書いた方が当時の宇宙科学研究所の方なので、その当時の研究レベルでも最高に近いものだっただろうことが記事を読んでいるとわかります。今で言う「画素」のことを「絵素」と呼んでいたりしているのも違うところです。384x490絵素を256~1024段階で記録というので、19万画素を8bitから10bitで記録していることになります。でも写真を見る限り、各色8bitとも思えないのですが、もしかしたらデータの方は8-10bitで取っていても当時のモニター状況を考えると表示の色のほうが追いついていなかったのかもしれません。データストレージは900キロバイトの半導体メモリとフロッピー2台になんとハードディスク1台を備えていたそうです。1984年なので相当豪華な部類です。それでもここから見ると、CCDは30年間ですごい進歩を遂げたことになります。コンピュータの進化によるところも大きいでしょう。現在はリアルタイム動画で星雲に色をつけることがやっとできるくらいになりました。今のCCDがさらに進化するとどうなるのでしょうか?どんどん感度が良くなって、今やっている電視みたいなのももっとすごいリアルタイムで綺麗に見えるように成るのでしょうか?今から30年後が楽しみになってきます。



84年7月号質問コーナー

「ちかいうちに銀河系の中で、超新星の爆発は見られるでしょうか?」 

という質問があったのですが、その答えが「私たちはケプラー以来久しぶりの超新星爆発を目の当たりにする幸運にめぐまれるかもしれない。しかしもう少しというのは10万年くらい先のこともありうる。」

とありました。これからわずか3年も経たないうちに、すぐ隣の大マゼラン星雲で超新星爆発が起きたのです。この超新星爆発によるニュートリノ検出で日本はノーベル物理学賞を受賞しました。我々の銀河ではありませんが、近傍の銀河で超新星爆発が起こるのは数百年に一度程度と言われているので非常に珍しい現象です。この質問コーナーでの答えが見事に当たったことになります。



84年11月号: 流星会議

昨年出席させていただいた流星会議の記事がありました。84年の記事ですが、タイトルは「若い人の集まった流星会議」だそうです。その中に年齢が具体的に書いてありました。10代が62人、20代が88人、平均年齢22.8+/-7.8歳だそうです。私が出席したのはこの記事から32年後の流星会議になります。平均年齢は何歳位になったのでしょうか?まさかそのまま22+32で55歳ということはないですが、私は今40代でおそらく出席者の中では若い方でした。それでも学生も何人かいました。確かに他の娯楽もたくさんあるので、星以外に興味が行くのもわかりますが、それにしても今の天文に若い人にアピールする魅力は無くなってきているのでしょうか?観望会をやると目を輝かせながら星を見ている子供が多いのが救いです。



連載

80年代初頭から80年代半ばにかけて、パソコン、当時の言葉で言うと「マイコン」を使った天体現象の計算プログラムの紹介が多くなってきます。今では懐かしいPC-6001やMSXで連載がされていました。私も小学生のころPC-600mkIIをしゃぶり尽くしていたので、天文の方でこれだけ使われていたのは感慨深いです。



広告
昔は眼鏡屋さんで望遠鏡を扱っていたのですね。眼鏡屋さんの広告がたくさん出ていました。確かに光学部品という範疇では変わりありませんが、今では望遠鏡を扱っている店自体が少なくなってきてしまっているので、隔世の感があります。


冊子がどんどん分厚くなってきています。広告も増えていますし、記事の中身も多岐に渡ってきています。60冊のうちあと残り3分の1くらい、頑張って読みます。
 

(その3)に続きます。 

今日の晩は天気が良ければ、いつか言っていた電視でメシエマラソン(2017/4/5 追記: 結局次の日試して見ました。)でもやってみようかと思って準備していたのですが、全く晴れずあえなく撃沈。練習走行だけになってしまいました。晴れ間を待つ間暇なのでこの記事を書いています。


つい最近1980年代の天文ガイドを大量に手に入れました。古本などで探しても90年代くらいまではなんとかあるのですが、80年代から前はほとんど出回っていません。残念ながら手に入れたいと思っていたスーパーチビテレ事件の号は手に入れることができませんでしたが、図書館で読むのと違って自宅だとじっくり読むことができます。今読むと結構信じられないようなことがいくつかあります。とりあえず2年分くらい読んだだけですが、いろいろ気づいたことを書いておきます。

IMG_1572


  • 旧御三家がまだこのころは現役です。最盛期なのかもしれません。ダウエル、パノップ、スリービーチの広告がすごいページ数です。これだけ宣伝があるとさすがに性能が悪いとは思えないでしょう。以前紹介した書籍の中に、旧御三家への抗議の記事があって笑いながら読んでいたのですが、この頃の雑誌をみると実際に購入した人の心の叫びという意味合いが実感できます。あと、御三家以外にも今となっては聞かないような製作メーカーもいくつかあるのですが、広告だけ見ていてもいいのか悪いのかやはり見分けがつきません。
  • また販売店では協栄産業など、今でも現役のお店がすでに存在していてびっくりします。惜しむらくは誠報社です。私はスターショップ時代の、しかも休業少し前の最後の方の中古オークションや、中古カメラの購入(X560D)でしか知りませんが、このころは広告だけ見ると協栄産業と並ぶ最大級の販売店です。天文ショップがどんどん少なくなる現在、残っていて欲しかった店の一つです。
  • タカハシが他と比べても意外にそこまで高くなく、性能からみたら随分良心的な値段設定です。今メインで使っているFS-60Qの原型のFCシリーズが80年代初頭にもうできてしまっています。35年も前ですよ。
  • その代わりに輸入物のセレストロンが異常に高いです。そもそも、今も使っているC8がこのころからあるというのも驚きなのですが、値段が30万円越えです。C14に至ってはなんと250万越えです。今の貨幣価値と比べたら何倍くらいの値段になるのでしょうか?でも標準でMEADEのような形の赤道儀も付いてきていたみたいです。
  • 一般的にファインダーがでかい。特に屈折型だと主鏡より少し小さいくらいで、親子亀みたいです。こんな時代もあったんですね。
  • 現在大御所と言われている方たちの名前を随所に見ることができる。ここ一年で出会ったり、名前を聞いたり、Facebookなどですごい成果を上げている方たちはこのころから活躍していたのかと思うと、頭が下がります。常に最新の技術を追い求め、未だにすごい成果を上げ続けている方々です。星歴一年未満の私なんかが、ちょっとやそっとやったくらいでは全く太刀打ちできないのも納得です。
  • 計算式を多用した記事が平気で載っています。特にシュミットカメラの補正板の解説はすごく詳しかったですが、今回は全連載の分のバックナンバーを手に入れることはできなくて、全10回のうち後半5回部分だけ読むことができましたが、昔の記事はこんなに高度なことも書いているんだと驚きました。先日買った反射望遠鏡の作り方と合わせて読むことで理解が進みました。
  • 簡単な記事ですが、電気回路のことや、英語の記事の翻訳コーナなどの連載もあり、幅広い知識が必要だったことがうかがえます。
  • 譲るコーナー、求むコーナーの充実度がすごい。現在はヤフオクなどに変わってしまっていますが、このころは雑誌がある意味唯一の全国規模の情報交換手段で、今より重要度ははるかに高かったのだと思います。
  • 読者コーナーの年齢が信じられないくらい若い。十代前半も珍しくなく、十代後半から二十代前半が一番多い印象。文通コーナーはまだわかるのですが、普通のお便りも総じて同じような年代です。三十代、四十代は稀です。その当時天文少年がたくさんいたことを物語っています。このことを妻に話した後に言った一言: 「その人たちがそのまま年とって続けてるだけでしょ!」確かに私も当時もし天文をやっていたら9歳とか10歳。その通りです。ところで現代で天文少年と言える子は一体どれくらいいるのでしょうか?今は私を含めておじさんが幅を利かせているので、随分と少なくなってしまっているのかもしれません。

いろいろ書きましたが、昔も今も好きなことをやって楽しむという姿勢は共通だと思います。時代は変わって、いろいろ便利になり、また今の技術も遠い未来から見たら拙いことをやっていたと面白がられるのかもしれません。それでも時代を超えて当時の雰囲気を伝えてくれる雑誌はとても貴重だと思います。


さて、外は完全に曇りになって星も全く見えなくなりました。今日は撤収です。練習で組んだ電視システムは、以前牛岳数河で組んだものに比べてだいぶん進化しています。Stellariumでの自動導入や、Stick PCを使ったリモート操作などの組み合わせで、いつの間にかかなり便利なものになりました。このことはまたそのうちに記事にします。

(その2)に続きます。
 

かなり大きな本屋に行く機会があったので、何か面白い本がないか探していたら「反射望遠鏡の作り方」という復刻された本を見つけました。星野次郎著で、昭和49年7月18日初版発行で、平成21年8月10日復刻版1刷発行だそうです。値段は税込6480円と専門書にふさわしい値段だったので、少し迷ったのですが、いい本は縁なので、手に取って見て面白そうだったため購入してしまいました。


IMG_1571


5章構成になっていて、1章目は望遠鏡についての基本的な話をし気を使いながらわかりやすく書いていて、2章に反射鏡の作り方、3章に架台、4章が反射型の各種方式を式を交えて説明していて、5章は研磨機についてです。

前半は鏡の作り方にかなりのページを割いています。さすがに自分で鏡を磨いて作ることは今はないと思っていますが、以前読んだ「宙のまにまに」というコミックの中で、天文部で反射型の主鏡を磨く話が出ていたので興味はありました。ただ、マンガの中の話なのであくまで簡単な作り方が描いてあるだけで、詳細な作り方をもう少し知りたいと思っていました。 もちろん古い本なので情報が古いところもたくさんありますが、鏡のテストの仕方などは今だに通用しそうです。特にロンキーテストは以前やり方を調べたのですが結局わからなかったので、今回の説明を読んでやっと概要が理解できました。

後半は主に架台への固定方法で、「マウンチング」というちょっと古い表現になっていまが、赤道儀にまでかなり突っ込んで言及していて、赤道儀の機械系を基礎から理解するためには非常に有効です。モーターに関しての記述が薄いことと、当然コンピュータと組み合わせた現代の自動導入などの記述は無いのが少し物足りないですが、赤道儀のギヤなどの理屈や、実際に作る際の細かい技術など、読むだけで参考になるところがたくさんあります。

4章が意外に面白く、例えばシュミットカメラの補正板の式なども書いてくれています。最近手に入れた天文ガイドの過去の記事にも同じ式が書いてあることに気づき、読み比べてやっと理解できました。手持ちのC8をバラしたときに、補正板の意味がいまいちわからなくて、回転方向の位置が決まらなかったのですが、これを見ると回転位置はあまり関係ないということがわかります。補正板のずれは星像の歪みとなって出てくるので、惑星とかの撮影にはあまり関係なく、ディープスカイに走った時にもし星像がズレるならば回転方向を変えてみてもいいかもしれません。


 

昔の天体機器のことに興味が出てきたので、いろいろ調べているのですが、過去には面白い話がたくさんあったみたいです。今回調べたのはチビテレ事件というものです。図書館に行って1980年代の古い雑誌を引っ張り出してもらい、天文ガイド1980年6月号と8月号にその記事を見つけることができました。私が小学生の頃のものです。

当時、今では御三家の一つと言われているスリービーチ社からでていたスーパーチビテレという、今でいうボーグの祖先みたいな短焦点でコンパクトな鏡筒の評価記事を、当時の学生らしき人が書いたのですが、その記事に対してスリービーチ社が広告を使って正式に反論記事を書いたという、まあいってみれば大人気無いやりとりです。これが当時とても話題になったとのことでした。大まかな話はWebをあさって知っていたのですが、記事そのものは見つからなかったので雑誌からコピーさせていただいたのですが、評価を書いた人も、反論をした業者もそれぞれに非常に熱い思いが感じられ、今読んでも面白いです。

個人的には、評価記事は悪気があって書いたものでないと思いますし、よりよく使おうというむしろ積極的に進めているような意図も感じられ、特に問題があるとは思えませんでした。それでもやはり販売する側からすると面白くなかったのでしょう。少なくとも相当気合を入れて開発したのに、という思いが伝わってきました。

このような互いの誤解は狭い天文業界では現在でも起こりうるでしょう。例えばこのblogで書いている記事を見て面白くないと思う方もいらっしゃるかもしれません。私は星は趣味として楽しみながらやっているので、喧嘩してつまらない思いをするのは本末転倒です。一方、仕事としてやっている方にとっては、時として死活問題にもなりますので、大問題なのかもしれません。それでもお互いにけなし合ったりせず、互いの立場を尊重し、仲良くやっていけたらなと思います。私自身がまだあまり星仲間がいないので、勝手にそう思うだけなのかもしれませんが、願わくばいい雰囲気の中、星を見る人たちが少しでも増えてくれればと思っています。

スーパーチビテレ事件を調べるついでに、その前後の雑誌の広告や記事も読みまくったのですが、今ではヤフオクにたまにしか出てこないメーカーが現役だったり、今もあるお店があんな当時から頑張っていたとか、昔はこんな店もあったんだとか、とにかく私のような新参者としては知らないことばかりでとても面白かったです。特に天体写真に関しては30年の間にいかに進歩があったのかを実感することができました。

私自身はここまで古い雑誌を持っているわけではないので、ごく一部しか読めていないのですが、世の中にはかなり初期の頃からの雑誌を大切に保管していらっしゃる方もいることかと思います。その当時のことを知る貴重な資料かと思うと、羨ましい限りです。




 

富山の冬は厳しいですね。昨晩も雲間から星は見えましたがほんの一時だけで、やはりほとんど何もできないです。今回の記事も書籍紹介です。

IMG_0965


書籍といっても今回はコミックで、アフタヌーンに掲載されていた「宙のまにまに」という、高校の天文部が舞台のお話です。子供の頃に星に興味を持てなかった私にとって、天文部というのは全く未知の世界で、今からでは決して取り戻すことはできない時間なので、羨ましくて羨ましくてたまらないのです。

内容は天文部の活動そのものだという書評を見て、アマゾンで中古でまとめ買いしました。一気に読んでしまいましたが、基本的にはラブコメで、もっと天文の濃い話があっても良かったです。書評には天文部独特の理系っぽい雰囲気がないようなことも書いていましたが、確かにそうなのかもしれません。主鏡磨きやメシエマラソンはやったことがないので、天文部の醍醐味なのかと感じました。(大学の)天文部出身の学生さんがいたので聞いてみたのですが、あんなにいいことばかりないよとのことでした。それでも天文部の活動というのが、しょせんマンガからですが、少し垣間見えるだけでも楽しいです。人集めや機材に苦労しながら、自作やアルバイトで徐々に観測装置を充実させていくのは、自分の体験なら一生心に残る思い出になるのだと思います。

星を始めた頃から星ナビのバックナンバーを集めているのですが、2000何年かの号に偶然高校時代の同級生が撮った星景作品が載っていたのを見つけました。当時天文部だった子で、高校の頃に部員で星を見に行った時の思い出が書いてありました。今も星を続けているのか、星を始めた今だからこそ一度会って話をしてみたいです。 
 

連続ですが、もう一冊紹介します。名著です。

IMG_0919


読書工房というところから出版されている「ホシオくん天文台へゆく」 という絵本です。小さい子たちが多いときの観望会で使えるのではないかと思ってアマゾンで購入しました。

まず絵本なのにページ数がなんと55ページ。小さい子では話の途中に飽きてしまうかもしれません。それでも作者の必要なものを詰め込みたいという思いがすごく伝わってきます。中に使ってある星や星雲も、絵本のクオリティをはるかに超えたきちんとした写真が使われています。ステラナビゲーターで作った画像も載せています。とても星が好きな人が描いたことがよくわかります。

お話は、ホシオくんのもとに新しくできた天文台から望遠鏡を見ないかという招待状が来るというところから始まります。ワクワクするような展開ですが、それよりもインパクトがあるのは天文台にいる博士役の「ウチュウさん」です。ホシオくんとウチュウさんという微妙な名前もすごく味を出しているのですが、ウチュウさんの顔のインパクトには負けてしまいます。それでも、そんなウチュウさんの解説は秀逸です。ポイントを押さえ、手短に的確にわかりやすくまとめてくれています。そんなウチュウさんの素晴らしい解説を全て裏切るようなホシオくんの超シンプルな迷セリフの数々には、家族みんな大爆笑でした。

内容は、月、惑星、太陽系、恒星、星雲、星団と、とてもしっかりしていて、最後はM31とM51で締め、ホシオくんが天文台から帰るところで終わります。観望会前の掴みはオッケーとなること間違いなしの本です。心配なのはこれだけ綺麗な写真を見せると、観望会での眼視での惑星や星雲にがっかりしてしまうかもしれないところです。

いつか本当の観望会で実際に使って見て、そのときの様子をまた報告したいと思います。(2017/8/11追記: お寺の観望会で小さい子相手に読み聞かせをしました。つかみはオッケーでした。)

 

地人書館発行の「2009年版望遠鏡・双眼鏡カタログ」という本をアマゾンで買いました。ホームページを漁っていたら、かなり気合を入れて編集した本だという記事があり、興味をもったからです。

2009年度となっていますが、中古ではなく新品で手に入れました。昔は毎年か何年おきかに発刊されていたとのことですが、現在でも2009年が最後となっているようです。どうやら「月刊天文」という雑誌を発刊していたところが出したもので、雑誌自身は2007年から休刊とのことです。最近の機種も網羅した新しい版を見て見たいのですが、状況はなかなか難しいようです。ただ、この2009年版は本当にかなり気合が入っていて、読んでいるだけで面白いです。

IMG_0918



そもそもまだこの世界に入って1年も経っていなくて、昔のことがあまりわからない私にとっては、まずは少し昔の状況を網羅してくれているので、貴重な情報源になります。また、全く知らないようなはるかに古い1970年代の機器の記事が載っていて、これがすごく面白いです。以前ミザールの前身の日野金属時代の望遠鏡を手に入れた記事を書きましたが、その頃の状況が色々書かれています。「往年の名機」特集では当時どういったものが評価されていたのかがよくわかります。望遠鏡は、コンピューターなどのデジタル機器の進歩の速さに伴いすぐ陳腐化する寿命と比べると、はるかに息の長いもので、中古で手に入れたC8は多分1985年くらいのものだと思うのですが、未だに十分使うことができます。 それでもさすがに1970年代のものは時代を感じざるを得ません。こう言った時代からの工夫が今の望遠鏡の形の礎になったのかと実感させてくれる記事です。

ところが、それよりももっと面白い記事が往年の「迷」機の方で、ちょっと前に御三家について調べていたので、短い記事ですが大笑いしながら読むことができました。コメットハンターを夢見て初めてのぞいた星野に視野一杯に彗星が輝いていたとか、イガ栗のような恒星だとか、本当にマンガのような話です。御三家はまだ有名なのですが、ここに出ているN通販のことは知りませんでした。今も格安望遠鏡にある倍率競争の源流が何とここにあるとは。

こういった面白い記事に加え、各望遠鏡のユーザーの辛口な評価はすごく参考になります。きちんと悪いところを書いてくれているのがいいです。ヘビーユーザーが何を求めているかがよくわかるからです。また、大学生の天文部を舞台にした「天体望遠鏡がほしい」と「双眼鏡がほしい」はすごくわかりやすい入門記事だと思います。惜しむらくは、本当の入門者はあえてこの本は買わないだろうということです。わずか12ページの記事なので、初心者にここだけ読ませてあげても役にたつと思います。

趣味の世界を進めていくと、読み応えのある本があまりないと気づくことはよくあるのですが、この本は何度でも読み返すことができる非常に有益な数少ない本だと思います。



 

このページのトップヘ