昨晩TSA-120のフラットナーのテストの一環で、月齢10.1日の月を撮影しました。
月のテスト撮影
シンチレーションも悪くなく、シャープな月が撮影できました。TSA-120に35フラットナーをつけ、焦点距離880mm。これをASI294MC Proで撮影しています。パラメータとしては露光時間75ms、ゲイン0で1000枚をserフォーマットで撮影して、500枚をAutoStakkert!3でスタック、Registax6でWavelet変換しています。
あ、実は先のM42の撮影のセッティングがそのままになって、月の撮影は実はついでです。そのため、48mmのQBP(Quad Band Passフィルター )が入っているのと、カメラを-15℃で冷却していますが、月の撮影で両方ともあまり意味はありません。
元の画像の画質が良いので、今回はRegistaxでの細部出しはかなり抑えています。あくまで自然に、軽くシャープさを上げるだけにとどめています。最後にPhotoshop CCで少しだけ暗い部分を炙り出しています。また、周りの黒い部分が大きいので少しだけトリミングしています。
さすがTSA-120とも言うべきでしょうか、細かい描写まで含めて、かなりシャープにしかも自然に出ています。
ん?収差?
とまあ、ここまでは至って順調である意味普通なのですが、 Photoshopで画像処理をしている時にあることに気づきました。どうもよく見ると上部(北)が青色、下部(南)が赤色の収差があるのです。目の錯覚のレベルではありません。


画面でわかりますでしょうか?ごくわずかですが、月と背景の境目が、上は青、下は赤になっています。
ここで、以前スターベースでS君と話したことを思い出しました。「収差があるとクレームが来る鏡筒は意外なことにTOAやTSAの高性能屈折鏡筒に多い。基本的に鏡筒が持っている収差はほとんど出てこないため、大気収差が目立って見えてしまい、それを鏡筒が持っている収差と勘違いする場合がある。」とのことです。このことを聞いてはいたのですが、「もしかして調整ミスとかもあり得るのでは!?」と考えてしまったのが今回の記事の始まりです。
実際の収差量の見積もり
さてこの収差、いったいどれくらいの量なのか実際に撮影した画像から見積もってみました。PhotoshopでチャンネルをRGBに分けて、下側にずれている赤色を上にずらしてみます。でもほんの1ピクセル上にずらしただけで今度は赤が上に出過ぎます。TSA-120とASI294の解像度から考えると1ピクセル当たり1.08秒なので、1秒以下、まあ大雑把に言って0.5秒くらいの収差があることになります。
この量は大気によって起こっている分散で説明できるのでしょうか?これまで月を撮影してこんな収差が気になったことはありません。もしかしたらこの量は大きすぎで、鏡筒の調整不足から来ていたりすることはないのでしょうか?
大気分散の計算
大気収差は正式には大気分散と言うそうです。大気分散の計算は、多少複雑な式に見えますが、微小量を無視すればわりと簡単に計算することができます。「大気分散」で検索すれば数式は探せば各所で見つかるのですが、今回は色の違いでの大気分散が知りたいので、波長の依存性を考慮した式を使う必要があります。でも簡単に見つかるうちのいくつかが(論文レベルなのに)どれも間違いがあったので、注意が必要です。大元の式を論文に載せる際に、タイポで写し間違えたものと考えられます。全部書くと長いので、0次オーダーの簡略化した式を書いておきます。
まず、「大気差」Rというのは「天体の見かけの高度」から「天体の真の高度」を引いたものとして定義されています。大気差Rは以下の式で計算されます。
R=(n0−1)tan(90∘−V)[rad]
V [deg]は見ている天体の見かけの高度です。n0は屈折率で、
\[(n_0-1)=C(\lambda)\frac{P}{T}\times10^{-8}\]
\[C(\lambda)=2371.34+683939.7(130-\frac{1}{\lambda^2})^{-1}\]
と表されます。このCが波長に依存する部分です。
ここで、Tは温度[K]なので15°Cとして288K、Pは気圧[hPa]で1013hPaとしました。λ[μm]は対象の波長で、ここでは赤色が0.65μm、青色が0.45μmとしました。赤色の場合のRrと青色の場合のRbの差が今回求めたい収差となります。撮影時の月の高度が69°で、大気差を求めると、ラジアンと分角、秒角に注意して、Rrが21.52秒角、Rbが21.82秒角となるので、その差は0.31秒角となります。
撮影した画像から評価した0.5秒角くらいなので、オーダーでは結構あっています。それでも上の計算はかなり簡略化された式を使ったので、誤差も大きいです。簡略化されていない式を使って、もう少しまじめに計算すると0.600秒角となります。こちらのほうは実際の画像から見積もった(1ピクセルズレだと大きすぎ、0.3ピクセルズレとすると小さすぎという感じです)評価に相当近いです。
エクセルで計算した過程をここにアップロードしておきました。簡略化していない式で計算してありますので、ここを見るとどんな計算過程かもわかるかと思います。興味がある方はご覧ください。
考察
実際の画像から評価した赤色と青色の収差が、大気分散と仮定して計算した値とほぼ一致したので、今回見えた収差は大気によるものと考えて良さそうです。鏡筒の調整不足なんてことは考えなくていいということがわかりました。
さて少し考えたいのは、なぜ今回この収差が「初めて」気になったのかです。以前撮った月の画像を見てみました。まずFS-60CBとASI178MCで撮っていたものだと、分解能不足で大気収差を認識することはできていません。同ページのC8で撮ったエッジを見ても、収差らしき色はほとんどわかりません。スーパームーンの時にFS-60CBで撮ったものでも同様です。
かなりシャープな像が特徴のVC200Lで撮った満月の画像を見てみると、確かに少し赤と青がわかるかもしれませんが、エッジを出しすぎていたせいもあり、当時は全く気付くことはありませんでしたし、気にもなりませんでした。
今回TSA-120でこの収差が気になったのは、やはり鏡筒の性能がいいということと、もう一つはRegistaxでのエッジ出しを控えたこともあるのかと思います。でも0.5ピクセルというと0.5秒角ということになり、既に口径120mmのレイリー限界の1秒角を超えているようなものです。まあ、色での判断という大局的な話なので、実際の分解能があるということには直接はなりません。また、レイリー限界というのもある意味ただの指標なので、カメラの分解能、画像処理での炙り出しによってはそれ以上に見えることはあり得る話です。ただ、ここまで鏡筒の原理性能に迫ることができるTSA-120は、やはり高性能の鏡筒というということなのでしょう。
もう一つ、QBPの影響についても少し述べておきます。月の前の撮影のセッティングがそのままでQBPが入ったままでした。今回の収差は、上部が赤で下部が青なのと、計算値ともほぼ合うことから明らかに大気分散と言えると思います。なので、QBPで変な収差が起こっているようなことは基本的に無いと言っていいでしょう。少なくとも、大気収差が気になるレベルで見ても何の影響もないということで、撮影レベルでも安心してQBPを使えるのかと思います。では、QBPが逆に大気分散をより炙り出したと言う可能性はあるでしょうか?これはもう少し追調査が必要です。少なくとも、QBPで余分な波長の光はカットされているので、コントラストが上がりより見やすくなったと言うのはあり得るのかと思います。
まとめ
結局、鏡筒の性能を一瞬でも疑った私がバカでした。タカハシ高性能屈折鏡筒恐るべしです。
スターベースのS君の話は多分誇張でもなんでもなく、本当にクレームが来るのでしょう。そのことを聞いていて、金星を見た時も大気収差と疑わなかった私でも、今回はもしかしてと疑ってしまいました。
こんな大気収差の描写と議論ができるくらいのきちんとした設計と、それを引き出すタカハシ工場の職人芸的な調整には感服しました。
コメント
コメント一覧 (8)
木人さん、こんばんは。
おお!そんなものがあるのですか?私はZWOの安いのしか知りません。検索してもZWOのばかりで、他のメーカーのがなかなか出てきません。
計算式はそんなに種類があるものでもないと思います。でも、温度とかもパラメーターに入れるんでしょうか?まあ、そんなに結果が変わるもんでもないので、ざっくりでいいのかもしれません。
私、いまだに太陽以外、モノクロで満足な撮影ができたことがありません。惑星とかもカラー一発の方がきれいに出ます。今年は少しモノクロにも挑戦してみます。
話は変わりますが、前にシリウスBのことが話題になりましたが、昨夜はシーイングが良く、リゲルBは110倍であっさり見えましたが、シリウスBは160倍でも分離できませんでした。同じ空の条件でもう少し倍率をかけたいところです。
収差がでても、見ただけだと何が原因かわからないんですよね。鏡筒なのか、アイピースなのか、大気なのか。大気収差は条件さえわかれば量を見積もることができるので比較的簡単です。鏡筒は性能データとかあっても、反射は調整というパラメータが入りますし、たとえ屈折でも、実際の見え方とデータがどこまで定量的にあっているか評価するのは大変です。
タカハシの屈折は、FC-76で昼間に何気なく見た時に、こんなにきれいに見えるんだと言うことを思い知らされました。FC-76は鏡筒バンド関連をK-ASTECで持ち手まで揃えましたが、鏡筒本体より高くなってしまいました。TSA-120ではもっと柔軟に安価で揃えています。MONOTAROでハンドルとかも買えるようなので、K-ASTECのに似たようなハンドルをつけるかもしれません。
リゲルBはまだ見やすいです。今のところ全勝です。シリウスBは難しくて、まだ一度見えただけで、あとは全敗です。私は260倍で見えました。かなりシンチレーションのいい日でないとダメなのではないかと思います。でも100mmでも可能なはずなので、ぜひ挑戦を続けて、いつか見えたらまた教えてください。
高性能の鏡筒だからこそ気付けたのでしょうね。
「色収差なんてあるわけが無いのになぜ?」と
素人考えですが、鏡筒回しても同じように収差が出れば大気収差ですかね?
眼視でもわかるものですか?
せろおさん、こんばんは。
計算すると結構びっくりです。月は結構高い位置にあって、この時70度の高度でも大気分散が見えたと思われるわけですから。
眼視で月全体を見ていると流石に細か過ぎで無理かと思います。相当拡大してエッジだけ見ると気づく可能性はあるのかと思います。でもレイリー限界近くなので、どこまで見えるのかはあまり眼視の経験がない私ではよくわかりません。
もちろん低空で見ればもっとズレは大きくなるので、大気分散も大きくなり見やすくなるはずです。惑星なんかではかなり拡大して見るので、普通に見えますからね。
鏡筒回しても収差がずれていかなければ大気収差で間違いないと思います。もちろん、カメラも一緒に回したらダメですが(笑)。
私もTSA120Nを使っています。大気分散の話、大変興味深く読ませて頂きました。5月2日に月の写真を撮り、自分ながらうまく撮れたと思ったのですが、改めて自分の写真を見直すと、Samさんのご指摘通り、下縁部分に赤いノイズが乗っていることに気づきました。私はまだ見よう見まねで天体写真を撮っている素人ですが、分けのわからないノイズが出たりして、困っていたところ、Samさんのブログを読んで、ノイズにもちゃんと理由があって出ているのだなと言うことが(計算式とかちんぷんかんぷんで、半分ぐらいしか理解できていませんが)分かりました。これからも分からないなりに、ついていきたいと思います。よろしくご指導ください。
藤原さん、3月以来ですね。ご無沙汰しています。
やはりTSA-120は月の全体を見るくらいの低倍率でもでも、きちんと分解してくれるのかと思います。惑星撮影くらいまで倍率を上げると見えてくるのは納得なのですが、月の全体像で大気分散に気づいたのはTSA-120になって初めてでした。
明るい月はまだしも、暗い星雲はノイズとの戦いになるのかと思います。私は物理屋さんなのでここら辺のところに興味が出てしまうのですが、楽しみ方は人それぞれで、やはり趣味なので自分がやりたいと思ったことをやるのが一番かと思います。
毎回ブログの記事が長くなってしまって申し訳ないです。自分で理解したことを、できるだけ分かりやすく説明することも目的の一つです。文章にして説明してみるとさらに理解できることもよくあります。分かりにくいところなどありましたら、遠慮なく言って下さい。わかる範囲で、できる限り応えたいと思っています。